戦跡調査『須子茂集落・門崎』

2015年03月18日 | 関連する集落:須子茂
11月25日(火)、加計呂麻島にて戦跡調査を行いました。

前回同様、加計呂麻民泊協議会との合同調査になります。




瀬相港に集合し、調査の打ち合わせを行います。
資料を見ながら、いつごろに作られたものなのか、配備図や地図などを確認していきます。

今回の砲台は、文献資料や聞き取り情報はありますが、埋蔵文化財担当は未確認の砲台になります。



資料によると、
昭和20年3月4日 海面砲台 須子茂完成
と記録されています。
同時期の施設は、与路や先鼻(加計呂麻)、嘉入の砲台の完成記録が残されています。



パッション畑を抜けると、壕の入口が見えてきました。

入口までの道は、事前に民泊協議会さんが伐採してくれていました。


中に入って、さっそく調査開始。
今回は、簡易計測を行い、略図を作成します。

入って4mの所に横方向へ向かう通路がありましたが、


入ってすぐに壁が崩れていました。
奥の方へ続いているのですが、土砂が埋まっていて通ることができませんでした。




入口からまっすぐ斜面になっている通路を進むと、その先には少し広い空間がありました。出入口が土砂に埋もれてはいましたが、外海を見渡せるようになっていました。おそらく、この地点が砲台が設置されていた場所にあたると思われます。



外からみた砲台跡。




さらに、配備地図にある、もう一つの砲台を位置を確認しながら探索。

この辺りか?と思うような場所を探っていくと、



もう一つの砲台跡を発見。

こちらは、開放部の幅が広かったのですが、
土砂が多く侵入していたので、奥の方までは入ることができませんでした。

しかし、入口部分で天井の骨組と思われる鉄などを確認することができました。


砲台の近くには、大きなコンクリート破片が転がっていました。
聞き取りの情報は得られていませんが、現場の状況から、
武装解除の際に、砲台を爆破し天井部分が吹き飛んだのではないか?と考えられます。



はじめての山中の戦争遺跡調査でしたが、

今もなお、加計呂麻島の山中に戦時中の施設が残っていることに驚きました。


ハブと遭遇することなく、無事に皆さんと調査ができました。
昼食で頂いた手作りのお味噌汁がとても美味しかったです。
加計呂麻島民泊協議会の皆様、ありがとうございました。



今回は、未確認の砲台跡を2か所確認することができました。
次回の調査もよろしくお願いいたします。



2014.11.25(火)
加計呂麻島・須子茂 門崎
埋蔵文化財調査員 正智子